01.坊ちゃんとメイド長

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 偉大だった父親の一周忌を迎える間もなく、母親も後を追うように亡くなってしまった。広大な館は光を失い、後継者争いをする親族の数多の嘲笑とは対照的に――少年はひとりぼっちになる。
 まだ十二歳、父親とそっくりな金髪赤目の彼は、喪服を着替えるのを手伝おうとするメイドの手を冷たく払いのけると、イライラと「行け」と短く言った。
 メイドは恐れと同情の入り混じった顔で、言葉もなく一礼のみで部屋を去る。
「さて、これで屋敷の使用人は皆、お姉さまだか叔父さまだかの元へ行ったと見える。お前も早く行け」
 少年は目を細めて、感情の無い目で、部屋の隅にたたずんでいる最後の使用人――メイド長を見た。うつむいており、その表情は見えない。
 部屋の灯りがチカチカと瞬いた。電球が切れかけているらしい。今日も廊下や階段のほこりが一層かさを増したことに気づけないほど、少年は幼くはなかった。
 母親が病に倒れた晩から、あっという間に使用人は出て行ってしまったのだ。まさしく逃げ出した以外の何ものでもない。腹違いの兄弟姉妹のいる子どもひとりが後継者争いに勝つわけがないのだ、この家と少年を主とし続ければ、没落に巻き込まれることなど考えるまでもない。
「気難しい父さまの世話を任されていたお前のことだ、察しが悪いわけではないだろう、メイド長よ。私への同情からか、あるいはメイドのひとりでもいる内はお前が責任を持って監督しようという責務からか……なんでもいいか。今すぐやめろ。誰からも哀れまれるほどに私もこの家も落ちてなどいない」
「もう、よろしいのですね」
 か細い声がぽつりと部屋に響いた。少年はメイド長から目を逸らし、立ち去るのを待つ。
 衣擦れの音がし、床に敷いたけば立ってきた絨毯の毛がふわふわ揺れるのを少年はぼんやりと見つめていた。その絨毯に吸い込まれてくぐもる足音は、扉に向かっているものと思っていたが、それはまっすぐに自分の方へ向かってきた。
「な――」
「もう、我慢しなくてもよろしいのですね!」
 思わず声をあげるほど、満面の笑みを浮かべたメイド長がもじもじと自分の間近まで寄ってきていた。
「あの、わたくしめ、その、」
「なんだ、最後に何か要求でも?」
 少年はその近さにたじろぎつつも睨むと、メイド長はうっとりと自分の手を取り、ひざまずいた。
「最後? 最後なんてとんでもない」
 その笑顔が、父や母が亡くなってから久しぶりに自分に向けられた笑顔だということにどこかほっとした、などと感じたことを、すぐに後悔する。
「坊ちゃんはわたくしめの性癖ですので、お仕えさせていただきます」