クリスマスのリース

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 大広間の天井から、クリスマスのリースがいくつも下がっている。
 緑の葉は鮮やかで、飾りの赤い実の艶やかさや、巻かれた金のリボンがキラキラと映えていた。
 どれも良くできている。
「姉さまの作ったのは、この水色のガラスビーズのついたもの……。弟くんの作ったのは……。ああ、レースの飾りがきれいだな。向こうの母さまが編まれたのかしら」
 そこには、齢八歳の、金髪赤目の少年がいた。
 彼は邸の跡取り息子だったが、自分より優れた才を見せはじめた姉弟に気後れをし、今年の自作のクリスマスリースを並べて吊るすことに、ためらいを覚えていた。
 屋敷では毎年、クリスマスになると家族一人一人がクリスマスリースを作り、少年のいる屋敷の大広間に吊るす習慣があった。
 少年は自分の作ったリースに自信が持てず、いっそ捨てたいと思っていたが、語らなければ父や母に理由を聞かれ、叱られたり、心配されるのがわかっていた。
「でも、ここに一緒に吊るすなんて……嫌だな」
 そもそもできる限り目立たないところに吊るそうと、付き添いのメイドの目を盗んで一人でやってきたというのに、天井から下がっている吊り具は、少年の手に届く代物ではない。
 メイドなしではこっそり目立たない位置に下げるというのは難しそうだとわかり、少年は途方に暮れる。
「ああ、あなた、ここにいたのね」
 少年の肩がはねた。声がした方に振り返ってみれば、そこには少年の姉が立っている。
「兄上、リースをまだメイドにお渡しになっていなかったのですか?」
 少年の弟までもがそこにいた。
「わたしは……」
 言い訳すべきか、いやごまかすべきかと、少年は言葉に詰まる。
 姉が近寄ってきて、リースをまじまじと見た。
「去年よりは上手にできているわね。不器用なあなたにしてはなかなか頑張ったのではなくて?」
「兄上のリースはあたたかみがあって、良いですね」
 弟もニコニコと話しかけてくる。少年は気恥ずかしさでさっと背にリースを隠した。姉と弟はその様子を気にするでもなく、
「早く誰かに渡して、吊るしてもらいなさいな」
「そうですよ。僕たちと外で雪遊びしにいきましょう」
 と少年を誘う。
 先に支度をして待っているから――と姉と弟は行ってしまった。
 少年は背に隠したリースをそろそろと自分の顔の前に持ってきて、どうしようもないか、とため息をついた。しぶしぶ、メイドを探す。
 すると突然、大広間の暖炉から何かが落ちる鈍い音が聞こえてきた。
 それなりの大きさの物が落ちるような音に、少年が驚いてそちらを見やると、人が転がり出てくるところである。
「……!?
「いけない、足を滑らせてしまって……。煤が飛んでしまわなかったかなあ」
 体中、煤まみれ!?になったメイドが、そろりと慎重に立ち上がった。
 そしてメイドの方も、ふと少年がいる気配に気づく。
 二人の目が合った。
 メイドが慌てて頭を下げ、礼をする。
「……あの、顔を上げてもらえない?」
 少年は、その顔を見て、自分の知っているメイドか判別しようとした。
「……失礼します」
 メイドはけして目が合わないよう、伏し目になりながら頭を上げた。
 残念ながら、思っていたよりも顔が煤まみれで、少年には誰だかわからなかった。
「ええっと、君は……誰?」
「父君にお仕えする班の下働きでございます。恐れ入りながら、坊ちゃんにお声をかけていただくような者ではございません」
 メイドが丁寧にそう答えるので、少年はそこからどう返して良いかわからず、困り顔になった。
「……でも、今は、」
 困らせてしまうわけにはいかないと、メイドは言葉を探して助け舟を出す。
「サンタクロースの手伝いをいたします小人、でもございます」
「サンタクロースを手伝う、小人……?」
 少年はメイドの言葉を受け止めると、パッと顔を輝かせた。
「父さまの言っていたことは本当なんだ。父さまはサンタクロースの先生をやっていたことがあって、この時期に屋敷のメイドがプレゼントを運んだり、運んできたりするのは、先生として助けてやっているからだって」
 メイドは伏し目のまま、穏やかな笑みを浮かべた。
「ええ、そうでございますよ」
 少年は感心する。
「おとぎ話に出てくる小人はうちの使用人がモデルなんだって言ってたのも、本当なんだね。さすが父さま……。父さまは本当に何でもなさってるんだ」
「ええ、父君は全てを可能にするお方ですから」
 そこまで話して、ふとメイドは少年の手にリースが握られているのに気づいた。
「坊ちゃん、よろしければそのリース、わたくしめが提げさせていただきますが」
「あ……」
 少年はうろたえる。
 メイドもハッとして、
「いえ、大変申し訳ございませんでした。このように煤まみれになった身でお預かりするのはふさわしくありませんね。別の者を呼んで……」
「いや、違うんだ。そういうことじゃなくて……」
 少年が慌てて自分を止めるので、メイドは従順に指示を待つ。
「ほら、皆が作ったやつは綺麗だろ? その中に不恰好なわたしのやつが並ぶなんて、とうてい……嫌だな……と思ってちょっとためらってしまっただけなんだ。どうせ下手くそな物なんだし、少しぐらいすすがついたってわたしは気にしないよ。だからお願いできれば……、あっ、ち、違うんだ、今のは君が汚いって意味にもなっちゃったけど、そうじゃなくて、あの、わたしは」
 アワアワと目線を泳がせる少年に、メイドは――やはり目線がけして合わないようにしながらも――少し面食らったような顔をした。
 それを見て、少年は消え入りそうな声を出す。
「うう……。今のは、聞かなかったことにしてくれ。リースは……提げてほしい」
 こうして極力、父が人に何か頼む時のように簡潔に話した方が良かったのに、と少年は自分を恥じながら、メイドにリースを差し出す。
 メイドは即座にエプロンの右ポケットから綺麗な布を取り出し、それで手をぬぐう。左ポケットに汚れた布をしまうと、更にもう一枚、右ポケットから布を取り出して広げ、リースを布越しに掴んで受け取る。
 なるほど、確かにモミの枝の切りそろえ方がぎこちなく、葉の流れは整っているとは言い難い。飾りをつける糊も、盛りすぎたのか少しはみ出している。そもそも使っている飾りに統一感がなく、どこかごちゃごちゃとしていて、お世辞にもセンスは感じられない。
「でも坊ちゃんがご家族を想って、これをお作りになったことは、わたくしめでもわかります」
「え……」
 メイドがつぶやいた言葉に驚いて、少年はメイドをじっと見つめた。
「リースを取り巻く金のリボン、赤い実、紫の花、水色の鳥の絵、小さな熊の木彫り細工……。他にも色々。一族の皆様がそれぞれお好みの色やモチーフをお入れになったのですね?」
「……わたしは緑色が好きだから。リースの良い飾りつけを思いつかなかったのもあるし、ただ、皆の好きなものも集めたらよいかと。単純に思っただけだ」
 少年が恥ずかしそうに言うので、メイドは微笑む。
「わたくしめにもわかるのですもの、他の皆様にもその想いは伝わると思いますよ。そして何より、クリスマスを彩るのは物に込められた想いです。このリースの彩、きっと皆さまも大変お気に召されると思いますよ」
「うん。……ありがとう。そういえば、母さまにもそんな風に励まされたんだった」
「母君はお励ましになったのではなく、本心からおっしゃってますよ。わたくしめのような一人のメイドでも心からそう思うのですもの、お優しい母君がそう思わないなんてこと、ないかと存じます」
 少年は少し迷うようなそぶりを見せたが、頭の中で母の顔を浮かべ、そして目の前のメイドの穏やかな笑みを見て……、その感想を信じてみることにしたようだった。
 少年は晴れやかな顔で笑った。
「それじゃあ、リースをよろしく頼む」
「かしこまりました」
 メイドは恭しくリースを預かりながら礼をし、少年はそれを背に大広間を出ていく。
 少しして、玄関の方から少年やその姉弟の賑わう声がかすかに響いてきた。
 メイドは片手にリースを持ちながら、もう片方の手で自分の体をサッと払う。不思議なことに、煤は宙に舞うことも、床に振ることもなく、全て一瞬にして消えてしまった。
 自分の体に、払いきれていない箇所が無いか念入りに確認してから、メイドは脚立を探す。
 脚立を見つけて、天井のリースの集まりの中に、預かったリースを提げた。
 そして、ああ、初めてお話したけれど、なんて行く末の楽しみな、優しい坊ちゃんでいらっしゃるんでしょう――と、メイドはリースに囲まれながら、柔らかく幸せな冬の日を感じるのだった。